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【コラム】人に優しい世界であってほしい

2023/06/01

中田のあっちゃんの松本人志さんへのYouTube投稿が炎上?バズり?からの謎の粗品さんのとばっちり事故。

あっちゃんのYouTube大学を、読書苦手な私にとって読みたいと思っている本の解説を頂けるのでありがたく聞いている。

人には好き嫌いがあるからこうした切り込み隊長として物申す動画が好きという方もいるでしょう。

それに、同じように思っている視聴者さんもいるのでしょう。

だけど、どうも私には好きになれない。

だから最初から最後までその動画を見ることができない。

HSP特有の、周りでディスったり、けんか腰の会話だったり、自分に関係のないものでも、自分が言われているような気持になって動悸が始まるのだ。

こんな人間は、そういったSNSを見なければいい話。

でも、こうして炎上するとどうしてもネットニュースなんかに載って、見たくなくても出てきちゃう。

今回あっちゃんの炎上のお話を例に出したけれど、こういうの生きているとちょいちょい遭遇する。

若いころの私も、自分の正義感を振りかざして切り込み隊長をしていたものだ。

あの頃、自分がすべて正しいと思い、正論を言って論破すればそれが正解だと本気で思っていた。

 

だけど本当にそうだろうか?

それで皆ついてきてくれただろうか?

子どもが小さな子育て真っ只中の時には、嫌なママ友さんのところを『悪口ではなくおかしいと思うところを言っているだけ』と言いながら誰かに訴える。

仕事を自分で始めた時には、理不尽な同業者の人のことを『ルール守るのは普通だよね?!』と自称正論をぶつけていた。

結婚当初、旦那の家事育児に協力的じゃないことも、義両親とのやり取りも『おかしくない?!』と一喜一憂していた。

自分でそれが正しいと思って振りかざしていた剣・・・果たしてそれでよかったのだろうか?

今になって思う。

 

人に厳しくすると、自分を追い詰めることになるということ。

そしてそれは周りの人に不快な思いをさせている。

『私は正しい!』と相手を追い詰めていると、その追い詰めている人以外の周りの人にも不快な思いをさせているんですよね。

それに気づいたとき、『私はなんてことをしていたんだ。』と悲しくなりました。

それは正しい。だけど不快。

こんな悲しいことはない。

白でもなく黒でもなく、グレーであることに幸せがあることもある。

本当に犯罪や違法など日本の法に反すること以外は、グレーでいいのではないかと思う。

それが濃いグレーなのか白に近いグレーなのか・・・人によって異なる。

それは自分の考えや意思として持っておけばいい。

それを人に強要するのは違う。

私は人に強要していたのだと思う。

当時私は生きづらかったし、周りもきっとしんどかったと思う。

 

≪正しいのもへの強要≫から解放された今。

私は幸せだ。そして、周りもとても穏やかだ。

自分が変われば、周りも変わる。

周りも変わるというのは語弊があるかもしれない。

周りが変わっているわけではなく、周りを見る自分の目線が変わっただけなんだろう。

そしていかに色眼鏡(決めつけ)で人を見てきか。

それでも周りがおかしい!と感じるのであれば、自身が政治家や革命家になればいい。

文句を言っているだけでは何も変わらないし、SNSで誹謗中傷をする人と同じだ。

優しい世界で私は生きたいなぁと思う。

これは歳を取って、トゲトゲした私の心の角がどんどん取れてまぁるくなってきている象徴なのでしょうかね(笑)

 

そう思うと、歳を重ねるのは心を豊かにして素敵なことなのかもしれません