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【コラム】知らないことを拒否せずに知ろうとすることは優しい世界につながる?!

2023/06/10

無知って時には人を傷つける。

自分一人の生きてきた数十年の経験なんてほんのわずかな経験にしか過ぎない。

自分の世の中の知らないことの方がはるかに多い。

いくら賢い人であっても、いくら知識のある人であっても、世界の知らないことの方が多いはずだ。

だけど、人はなぜだか自分の知らないこと、理解できないこと、今まで経験したことがないことが起きると【怒り】や【恐怖】や【避難】など拒否反応が起きる。

この感情になるのは精神的な幼さや未熟さからだと思われる。

-年々歳を重ねるごとに丸くなってきた人を見ませんか?

私の父は若いころ、気性が荒くそれはそれはとても厳格な人でした。

だけど年々角がとれ丸くなって今や怒っているところをほぼ見ない。

まぁあの怖さ知っているので未だに話しかけるのはちょっとした緊張感をもっていますけどね。

若いころ自信があるとか、自分が正しいと思っていた天狗の鼻をへし折られてプライドをズタボロになったこともあるだろうし、
どんどん若い人に知識を追い越されていく瞬間を何度も目の当たりにすることもあっただろうし、
体の不調を来す年齢になってきて誰かの助けが必要になってきたとき、
きっと自分一人で生きてきたわけではなく周りの人の助けがあったからこそ今の自分があることにも気づくこともあったでしょう。

いかに自分が小さく、横柄に生きて来たかを知り、いつしか人に『ありがとう』と感謝を伝えるようになりました。

それは自分が様々な経験を経て、どんどん角が取れていったのだと思う。

この角が取れる人や年数って関係なく、経験したことに対して【気づき】を得ると初めて周りが見えてくるのだと思うのです。

だから、若くてもその【気づき】をすぐにくみ取れる人は『人生何回目よ?!』って人に言われることある人だと思います(笑)

経験っていっても同じ人と会い、同じことの繰り返しの人と、毎日違う場所で違う人と会って過ごす人では全然違うでしょう。

ただ経験するっていうだけでなくもう一つ大事なことは【その時何を思い感じるか】が大きく左右すると思います。

たとえ何か新しい経験をしたとしても、その時何にも感じず過ごすとおそらく数年後その経験の記憶は薄れているでしょう。

だけど、あの時出会った人がこんな感じの人で、あの場所のあの部分が素晴らしかったなと感じると、もしかするとこの先の人生の分岐点の一つになる可能性だってある。

結論、なんせぼーっと生きていると無知なままの人生で終わるよって話です。

別にね、ぼーっと生きていて無知のままだと、不幸せってわけでもなんです。

逆に、いろいろ考えて生きているからこそしんどいこともあるっていうのも事実です。

-ただ、先日SNSで拡散されていた事柄がとっても私の心を揺さぶられました。

発達障害であろう青年が叫びながらホームから線路に降りて、死に物狂いでそれを止めようする身内の方(おそらく母親)の動画を『電車が遅れる』と怒りの投稿をしていたのです。

きっと、生きて生きた数十年の経験の中にそれが許容するというキャパがなく、
この先も自分が五体満足で老後だれにも迷惑かけることなく過ごせるとなんの疑いもせずにいるのでしょう。

万が一自分が不自由になった時にはきっと『誰も助けない。助けるのが当然だ。』と人のせいにばかりして非難されるのだろう。

もしかすると、とってもとっても大事な用があって、人生を左右するようなことがあったのかもしれない。

迷惑だなと思うなというのもちょっと違う気もする。

ホームに降りてしまった本人の気持ちも、それを止めようとする身内の方の気持ちも、それを見て怒る人の気持ちも本人にしかわからない。

だけど、これだけは思う。

こういうのでSNSでさらし者にするのだけは違うと思う。

実際その投稿は大炎上。

その投稿のコメントにはたくさんの発達障害のお子様をお持ちの親御さんであろう方からの悲しみの声、
子育て真っ只中の親御さんの明日は我が身という声がとっても多く、非難する人が多かった。

実際私もその動画を見た時、グレーゾーンでトラブル続きだった幼き頃の息子を思い出し胸が締め付けられ涙が出た。

世の中、承認欲求を求める人であふれている。

どこかで自分は正しいということを肯定してほしいのだろう。それが多ければ多いほど満たされた気になるから。

だけどSNSのいいねだけで本当に心は満たされるのであろうか?

人を盗撮して投稿して自分の中身を称賛してもらえることはあるのだろうか。

自分自身はそんな投稿をしていないだろうか、無意識に誰かを傷つけていないだろうか、今一度考えようと思う。

人を許すということは自分を許すことに繋がる。

それはきっと日々を豊かに穏やかにし、角が取れ、人を愛し感謝し、皆に愛される人間に繋がっていくと思うのです。